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Interview #04 篠崎澪(元・富士通 レッドウェーブ バスケットボール選手)/ 前編

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成長期の子どもたちの丈夫なカラダをつくるゼリー「BeinBein 骨+」。カルシウムの吸収に必要な栄養素を詰め込んだゼリーを企画・発案した田中加奈子「BeinBein」製造販売会社「Octroll」(オクトロール)が、元バスケットボール選手の篠崎澪さんと対談。丈夫なカラダを作り、スポーツをすることの意義について話を伺いました。


姉の影響で、篠崎澪の“バスケット人生”がはじまった。


田中加奈子 以下 田中) 篠崎さんのご家庭は姉妹でバスケットをされていたんですよね。最初は「プロ選手になる」という大きい夢や目標を持つというより、バスケットが上手なお姉さんに影響されて始められたのでしょうか?

篠崎澪 以下 篠崎) そうですね。異常に負けず嫌いで。「お姉ちゃんには負けたくない」という気持ちを抱いていて。ふたりの姉がいるのですが、ふたりともできないことがあると、できるまでやる性格だったんです。そんな姉に対して「ケンカも負けたくない」と思っていたほど(笑)。幼いときの姉妹って、どこかそんなところがありますよね。だから、姉の存在がいつもいいライバルだったんです。そういう気持ちを原動力に日々練習に励んでいました。

田中) バスケットに邁進されるなかで「小さな目標」と「大きな目標」の立て方はどういうふうにイメージされていらっしゃいましたか?

篠崎) 今考えたら「お姉ちゃんに負けない」というのは私の中での「小さな目標」だったと思います。自然と結果を出すために練習することが身についたと思います。それを「努力」だとは思っていなくて、わりと当たり前のことだと捉えていました。姉がいたことで「反骨精神」が芽生えました。バスケットを始めた小学生の頃は漠然とした「大きい目標」というものは持っていなかったので、身近な目標を携えてバスケットを頑張っていました。

田中) 「どんなことをしたら上達できるか」を自問し、自らに課題を与えていらっしゃったのでしょうか?日々の「課題」が「目標」になっていく感覚といいますか。

篠崎) 私の場合はその時は 「どんなことをしたら上達できるか」というよりかは「どうしたら姉より目立てるか」というのが強かったので姉より目立つには「姉より得点を取らなきゃいけない」「姉よりかっこいい技をやらなければいけない」などと漠然としたイメージを持ちながら実践していました。荒削りなアプローチではありますが、そうした中でも「こうすればいいんだ」と自分なりの方法論が自然と導き出されたように思います。あとは、直感的に感じたことを突き詰めていったといいますか。頭で考えることも大切ですが、スポーツは直感もとても大切なことだと思います。

田中) プロバスケットボール選手としての現役時代のお話をお伺いしたかったのですが目標を立てて、日々モチベーションを保つために意識されていたことはありますか?

篠崎) 正直な話、毎日「優勝したい」「勝ちたい」とずっと考え続けることは難しかったんです。だから、その日1日、どんなプレーをしたいか、どうありたいか。1日1日、うまくなっていくことを大切にしていました。日々やっている細かいことが、結果的に勝つために必要なエッセンスになっていくように思います。

田中) たとえば、「今日はこの角度からのシュートを何本決められるようにしよう」といったように、具体的な目標を設定されていたのでしょうか?

篠崎) そうですね。そうした細いことを意識しながら、1日1日うまくなっていきたい、という気持ちで臨んでいました。

田中) 一つひとつの技を身体に染み込ませていくために、篠崎さんが工夫されていたことはありますか?

篠崎) 自分のできないことを積極的に探して意識しながらやっていくことですかね。高校や大学の時は W リーグ(バスケットボール女子日本リーグ)に行きたかったのでリーグの試合を見て、好きな選手の動きを参考にしていました。それで、自分なりに頭の中でイメージトレーニングしてみたり、実際にやってみたりしていました。

田中) スポーツを頑張っているお子さんを持つ親御さんへのヒントになるようなことも重ねてお伺いできたら、と思います。うちの娘はバレエをやっているんですけれども、客観的に見ると「まず、柔軟が大事」だと思っていて。子どもに「毎日、柔軟したら?」と提案してみると、そのときは頑張れても、なかなか継続できないんです。「大舞台でバレエをする」ということを一番大きな目標に据えつつも、目の前にある「小さな課題」をなかなかクリアできない。そうなってくると、「毎日、柔軟をする」ことを達成する方が実は「大きな目標」なのかな、と思うところもあって。地道なことを日々達成できたという自信は、大舞台でも役に立つのかもしれないですよね。

篠崎) たしかにそういうところはありますね。実は、私はすごいサボり癖があるんです。だから、すごくお子さんの気持ちがわかりますね。「できなかったこと」は、できるようにならないと前に進めないもので。そこをクリアできないと、何をやっても同じことの繰り返しになります。だから、最後の最後に「これをやらないとうまくいかない」ということがはっきりとわかってくるんです。だから、頑張れる。やっぱり、それを達成していくことが自信につながっていくと思います。

田中) やはり一つひとつ、自分なりの課題を乗り越えないと上達しないものなのですね。

篠崎) やっぱり練習って体力的にも、精神的にも厳しいものがあって。「きつかった」「でも、やった」「また、きつかった」「やった」。その繰り返しで。そうした積み重ねがすごい自信になるんです。試合前に「どうしよう」「できるかな」と不安になることがありますが、自分がやってきた確固たる自信があると、あそこまでやったから「絶対大丈夫」と思えるようになる。そうしたことが、プレーする際のメンタルにつながってくるんです。

田中) 篠崎さんが「妥協してしまった」という感覚は、どういったときに芽生えますか?

篠崎) 私は皆と同じことだけをやっていたら皆と同じ分しか上達しないと思っていて。だからプラスアルファ、自分で何か目標を設定してやらなきゃいけないとずっと思ってやってきました。たとえば、体力作りとして走ることを常に自分に課してみるなど。「今日は疲れたからやめる」ということを選択すると「やらなかったけれど大丈夫かな」と不安が生まれてしまう。「走る」ことにフォーカスしたとき、自分が心地よいと感じる景色が見られる場所を選んでみると、続けられたりするんですよね。今日の取材場所であるこの公園付近は、とても走りやすくて好きな場所です。そうやって、自分が継続できるプランを考えることは大切ですね。

田中) 自信をつけるために、人一倍コツコツ練習することはとても大事なことですね。メンタリティを鍛えるために何か心がけていたことはありましたか?

篠崎) 中学校の時にチームでメンタルトレーニングを取り入れていました。「何年後にどうありたいか」を自分の中で設定して「そのためにここまでやる」とプランを決めて行動していました。そうしたトレーニングを経たことで、ポジティブな考え方が身についていったように思います。

田中) より建設的にヴィジョンを考えられるようになられたということですね。

篠崎) そうですね。それに当時の私は表向きには結構自信満々にしていたのですが、わりと人の顔色を見てしまうようなところがあって。そのせいか、本当の意味で自信を持てていなかったように思います。だから、メンタルトレーニングすることによって一皮むけて、成長できたように思います。

田中) 自分に厳しくあろうとするほど、ネガティブなスパイラルにハマってしまうこともあると思うので、やはりメンタルトレーニングは大切なことなのですね。スポーツは常に「勝ち負け」がつきまとうじゃないですか。どれだけ頑張っても、絶対にどちらかが勝って、どちらかが負ける。けれど、ギリギリで負けてしまうときは、どうやってメンタルを回復していらっしゃるのでしょうか。

篠崎) ギリギリで負けてしまった時は本当に気持ちが落ちてしまいますけど、すぐに試合があるので「やるしかない、勝つしかない」と思ってその時は立て直していました。でも負けた試合はやはり頭に残りますね…。勝てた時でもチームとしての結果はいいものの個人としていいプレーができなかったときは、寝られないことも多かったです。悪いイメージで終わると、次の練習に響いてしまうんですよね。最後にバスケをしたときの記憶がどうしても残っているから不安になってしまったりして。私は1度スランプに陥ると長い方でなかなか抜け出せないタイプ。ダメなときは何をしてもダメなんですよね。でも、しばらくするとふと、抜けるときがあるんです。自分でも、抜けられる理由はよくわからないんですけれど。現役最後の年もオリンピックが終わってからずっと調子が悪かったけれど「最後だから頑張らなきゃいけない」と自分を奮い立たせて頑張って乗り越えたように思います。スランプの脱し方は、永遠の課題でしたね。

田中) 調子が上がらないときは、練習量を増やすことでリカバーできたりはしないのでしょうか?

篠崎) やっぱり、そういうときほどいっぱい練習します。けれど、自分の場合は、練習量と調子は比例しなくて。ただ、練習量を多くして効果があるならば寝ずに頑張ったと思います(笑)。でも、今こうして振り返って考えるとやはり気持ちの問題もすごく大きそうですね。



篠崎澪
1991年生まれ、神奈川県出身。若葉台北小クラブでバスケットボールを始める。旭中学校時代にはジュニアオールスターに出場。松蔭大学でユニバーシアード日本代表に選出され、2013年インカレではM V Pと得点王をダブル受賞。卒業後は富士通レッドウェーブに加入。15年アジア選手権では日本代表の一員として金メダル獲得に貢献。21年東京オリンピックに出場。21-22シーズンで現役を引退した。

田中加奈子
〈sikksakk〉事業部代表。 大学卒業後、子ども服の会社で接客販売、販売促進、営業推進を経験。人がモノを買う動機に興味を持ち、広告代理店に転職する。ビッグデータを使った顧客分析に従事し、出産を機に退職。夫婦が一緒に子育てするライフスタイルを目指し、夫がノルウェーの友人とOctroll株式会社を起業。ともに業務をサポートしている。北欧文化から生まれる、インテリアやデザインの領域に関心が高い。

写真:Shin Hamada
文:Seika Yajima